プロフィールにタイトルを載せている、僕のチョウチョの論文をかいつまんでご紹介。

二の丸公園カラスアゲハ

皇居の二の丸公園で見つけたカラスアゲハ
2009年5月15日

昔からカラスアゲハの翅の形は、大陸側に棲んでいるのは翅がすらっとしているけれど、島嶼部のはずんぐりむっくりだと言うような事が言われて来ていました。
で、当時は主に翅の形や色の特徴から、5亜種に分けたり6亜種に分けた方が良いと言う人が居たりしたんですが、亜種とされているそれぞれのグループが、お互いにどんな関係になっているかを客観的に示した研究はありませんでした。

翅のあちこちの長さを比べると言っても、当時は一般的にはせいぜい3カ所までの数値で3次元的グラフにするぐらいしかなく、僕たちがぱっと見た印象の違い(ものすごくたくさんの要素の絡みを直感的に見分けている)を表現できる方法が無かったんだから、無理もありません。
1970年代の終わり頃になると、東京農業大学にもやっと大型コンピューターが導入され、たくさんのデーター(なんと100×100ものデーターフォーマットが使える!)を一度に比較できる可能性が手近なものになってきました。つまり100個体の生物の100種類のデーターを一気に比較できる!って、今のパソコンでは遥かに膨大な数値処理が出来ますが、当時はインベーダーゲームが流行ったあと、やっと日本語では不可能とされていたワープロが商品化されたほんの数年後だったんだから、まぁ贅沢は言えません。

研究に使った解析方法は主成分分析と言うヤツで、膨大な特徴のデーターをまとめて、何となく僕たちのぱっと見の印象をグラフに出来ると言う優れもの。例えば、身長、体重、胸囲と言う3つの数値を組み替えて、「大柄←→小柄」軸と「のっぽ←→ちび」軸の2つの座標にまとめるなんて方法です。簡単な説明はとりあえずこちらに。
基礎知識1 主成分ってなに?

プログラムも、1行ずつパンチカードで入力したのを、あとでまとめて機械に読み込ませると言う(リボンのあとの世代から初めて、ホント良かったわ)オシャレなやり方。昔話はまだまだあるけど、この辺ではしょって。

カラスアゲハの翅の9カ所の長さを1頭ずつ測って、3つの座標軸にまとめて表したグラフにしたかったんだけど、当時のフォートランって言語ではそういう垢抜けたグラフをドットプリンターで描くのは無理だったんで、2つずつの軸で図面を作りました。

横軸(z1)は「でっかい←→ちいさい」軸。
縦軸(z3)は「後ろ翅がほっそり←→後ろ翅がずんぐり」軸。
このグラフではカラスアゲハは色んな大きさのがいるけど、後ろ翅の形を見ると大きく2つのグループに分かれそうに見えるねってのが判ります。

横軸(z2)は「前翅がほっそり←→前翅がずんぐり」。
縦軸(z3)は「後ろ翅がほっそり←→後ろ翅がずんぐり」軸。

この特徴から見ると、よりはっきりした2つのグループが判りますね。グラフの上半分に散らばるグループ(後ろ翅が長いグループ)は、右端の前翅が一番長いj上海から順にm済州島、k台湾、a本州、c中之島へと前翅だけずんぐりしていきます(与那国島と韓国の1個体も含む)。これに対してグラフの左下にかたまっているずんぐりむっくりグループはb奄美大島、d八丈島、e沖縄、f西表島、g石垣島、i蘭嶼と、見事に島の子たちばかり。

ここでちょっと面白いなと思ったのは、前翅がずんぐりで後ろ翅がすらっと長い個体(グラフの左上)は居るけど、前翅がすらっと長くて後ろ翅がずんぐりな個体(グラフの右下)は居ないってこと。
これは航空力学的理由によるものなんでしょうね。
前翅が細長くなるにつれて先端が外側に曲がって飛び出す傾向は、飛ぶ時に発生する翅のねじれを軽減するためだと言うような研究もある事ですし、なかなか興味深い空白です。

[参考]アトラスガの羽ばたきAttacus atlas female

と言う訳で、それまでに言われていた通り、大陸側のはスラッとしてて島嶼部のはずんぐりむっくりだと言う関係が一目で分かるようになりました。
こうやって眺めてみると、5亜種に分けたり6亜種に分けたりしてたのも翅の形から見たらどんな風に違っているのかなども、具体的にどこがどれくらい違ってるから分けるべきだとか議論できるようになった訳です。
この続きの論文(2つのグループが統計学的に見ても分かれてると言えそうなのか)もありますが、それはまた次の機会にでも。

 

カラスアゲハの翅形の地理的変異 : 主成分分析による検討

Studies on the Geographic Variation of Wing Shape in Papilio bianor by Principal Component Analysis

蝶と蛾,34(4):155-162

http://ci.nii.ac.jp/naid/110007707523

pdfはこちらから。

http://ci.nii.ac.jp/els/110007707523.pdf?id=ART0009513514&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1373471147&cp=

抄録

従 来,翅の形態の比較検討は数個所の測定値の相互比など により行われてきた.筆者らはカラスアゲハの翅形の地理的変異を比較検討する目的で前後翅9部位の長さを測定し,さらに理論性と客観性を加える目的で主成 分分析を行った.その結果,第1より第4主成分(Z_1〜Z_4)に意義のあることを確かめることができた.Z_1は大きさを表わす主成分で,台湾産の集 団は小型であることがわかった.また他の地域集団間では,差異はほとんど認められなかった.形を表わすZ_2〜Z_4では地域差が認められた.Z_2は前 翅の細長さを,Z_3は後翅の細長さを,そしてZ_4は後翅の幅を表わす主成分であった.Z_2とZ_3を座標軸として得られた個体の散布図をみると,地 理的に近接する地域集団は互いに似た形態を示すことが多い.しかし,中国の上海,韓国のソウル,済州島,日本の本州,中之島,および台湾から得られた個体 は,F(後翅基部から第4脈末端までの長さ)が長く後翅が比較的細長い傾向がみられ,前翅は細長いものからずんぐりしたものまであったのに対し,奄美より 西表にかけての島娯群,紅頭喚および八丈島から得られた個体は,いずれもC(前翅翅端から第1b脈末端までの長さ)とFが短く,前後翅ともにずんぐりとし た傾向を示すことがわかった.

Geographic variations of wing shape in Papilio bianor were studied by principal component analysis. The data were 3 lengths in forewing and 6 lengths in hindwing obtained from 137 specimens collected from 13 areas of Japan and neighboring countries. Four principal components were extracted accounting for 93.93% of the total variance. From the result of the present analysis, the four principal components were assumed to be the following indices: the size, the slenderness of the forewing, that of the hindwing, and the width of the hindwing. The results suggested that the geographical variation of Papilio bianor might be divided into the following 2 groups: 1. Chang-hai (China), Seoul, Jeju Do Is. (Korea), Honshu, Nakano Is., Yonaguni Is. (Japan), and Taiwan; 2. Amami, Okinawa, Ishigaki, Iriomote, Hachijo (Japan), and Hungtou (Taiwan) islands. The former group has a slender hindwing for a long F (length from hindwing base to end of vein 4) and the latter one has a thickset fore and hindwing for a short C (length from forewing apex to end of vein lb) and F.